第七章・南部戦線 | 加藤清正と福島正則二人のキーマン
第七章・12.南海の雄 | 島津忠長、長曾我部盛親を九州連合に
「島津忠長」が、「長曾我部盛親」の九州連合取り込みに成功。 四国制圧軍の総大将である島津忠長が、長曾 続きを読む…
「島津忠長」が、「長曾我部盛親」の九州連合取り込みに成功。 四国制圧軍の総大将である島津忠長が、長曾 続きを読む…
戦国の梟雄「鍋島直茂」などを糾合し戦力が高まる九州連合。 義弘が薩摩へ戻り間もなく、九州勢の軍議が執 続きを読む…
烏頭坂、伊勢街道を経て堺に辿り着いた島津義弘。 伊勢路を抜け島津勢が堺に向けて走り抜ける。 途中、東 続きを読む…
①黒田如水を討ち、ここに新「九州三国志」も完結する。 島津軍は黒田如水を討ち、北九州を手中に治めた。 続きを読む…
①「島津忠長」の勝負勘は抜群であり、島津四兄弟をも凌ぐ。 以倍が戻った。 「ご苦労であった。して吉統 続きを読む…
①黒田如水を警戒する「島津忠長」。 忠長は大友吉統への使者に、島津以倍を差し向けた。 吉統が感謝の言 続きを読む…
①「九州三国志」の再現。九州三大勢力の宿命か? 府内城を挟んで島津軍と黒田軍が睨み合った。 どちらも 続きを読む…
①待ったなしの九州制覇に「島津義久」が動く。 島津軍の先鋒であった島津忠長は、島津に加担表明した秋月 続きを読む…
①伊藤祐兵に島津のお家芸「釣り野伏せ」が炸裂。 翌朝、飫肥城(おびじょう)近くに、島津方の将の一人、 続きを読む…