①騎馬鉄砲隊が徳川本陣を急襲

辺りは、既に明るくなりかけている。
伊達成実の視界には、徳川陣営が見え始めた。
成実が鼓舞する。
「突っ込めい」
徳川陣に、騎馬鉄砲隊が攻撃を始めた。
家康が驚く。
「なんじゃ。敵襲か?」
「慌てるな。蹴散らせ」
しかし、単なる奇襲部隊ではない。
伊達軍の至宝、騎砲隊こと騎馬鉄砲隊である。
見る見るうちに徳川軍が混乱する。
そこに、川向こうの伊達軍が一挙に川を渡った。
徳川軍が何とか応戦するが、さらに一隊西側より攻撃する部隊があった。

騎馬鉄砲隊を組織化した「伊達政宗」

②南部利直と相馬利胤の機転

家康が慌てる。
「確かに東は九鬼水軍がいるので隙があったかもしれんが、西は敵の侵入が出来ん筈じゃったが」
その一隊とは、前回の敗戦でしんがりを行った南部利直率いる南部勢と、相馬利胤率いる相馬勢であった。
家康が狼狽する。
<いつ入り込んだんじゃ>
南部勢、相馬勢は前回のしんがりの後、機転を利かし独連本陣には戻らなかった。
利直、利胤は密かに好機を待った。
“敵を欺くのはまず味方から“
政宗には報告していなかったのである。
この側面攻撃により、徳川勢の一部が敗走に入った。
一隊が敗走に入れば、次々に雪崩現象がおこる。
それは、大軍である程たちが悪い。
しかし、一人の男だけが孤軍奮闘していた。
この大男は、黒田家の豪傑で名を後藤又兵衛という。
又兵衛は、黒田家の家臣でありながら、長政とそりが合わない。
もともとは、亡き黒田如水の直臣であった。
しかし、如水の後継である長政の素行、武士としての美学に不満があり、この場を死に場所と決めていた。
さすがの又兵衛も、大兵に囲まれ、もはや半死状態となっていた。
それを見た成実の家臣が成実に言った。
「殿、又兵衛という男、死ぬには惜しい男」
しかし、成実は立ち去って行ってしまった。
<又兵衛殿、お見事であった>
成実の一言で、命を救うことも可能であった。
しかし、敢えてそうしなかったのは又兵衛の心中を察したからである。
徳川軍の豪傑、後藤又兵衛討ち死に。
この報は、徳川軍の士気を大きく喪失し徳川軍の敗走が始まった。

遂に政宗が家康を撃破する。次回は、「第9章・10・北からの吉報」を掲載します。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です