広家からの書状が届いた次の夜、秀包が島津勢を広島城内部に導いた。
輝元の命令であるから致し方がない。
豊久勢は、そのまま徳川方前線の後方に近寄った。
豊久が叫ぶ
「よし、やれっ」
島津勢が叫びながら、徳川勢に襲い掛かる。
徳川勢は大混乱に陥った。
「どこが裏切った」
豊久勢は、暴れまくる。
そして、北よりの忠恒率いる島津軍も一気に川を渡る。
「豊久勢に遅れをとるな」
秀忠のいる本丸も、寝返った毛利軍によって攻めら東方向の港へ逃げた。
その後、島津、毛利両軍は広島港へ追撃したが、秀忠は船で海路逃走をはかった。
豊久が指示を出す。
「徳川軍を東へ追い返すだけでよい、出来るだけ殺すな」
義弘ならば無駄な殺戮はしないだろうと考える豊久であった。


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