①奥州独立連合、真の強さはここにあり

政宗率いる独連本隊は、何とか無事に霞ヶ浦まで引き、陣形を立て直した。
政宗が、影綱に問う。
「途中引き返したのは、何処の隊じゃ」
「相馬勢でござりまする」
政宗が、不思議そうに問うた。
「相馬勢は、あそこにおるではないか?」
「おそらく、相馬利胤が僅かな兵のみを連れて行ったのでは・・」
戦に敗れた事もあり、政宗の機嫌が悪い。
<勝手な行動をとりやがって>

②大器の政宗、相馬利胤の心中を察する

影綱が弁明する。
「殿、それがしは、利胤殿の気持ちが分かるような気が致しまする」
政宗が、影綱向かって笑った。
「それぐらい、分かっておるわ」
<まさしく義侠じゃな>
南部利直そして、相馬利胤の行動に理解を示した。
独連軍が陣形を立て直すこと数刻後、徳川軍の追っ手一番手が姿を現した。
しかし、利直も、利胤も戻ってこない。
成実に突然、、胸騒ぎが始まった
「やはり、わしがやっておけばよかった」

③小説の世界にて登場が稀である『相馬利胤』

南部利直と同様、小説の世界にて登場が稀な戦国武将『相馬利胤』。
利胤「利」の字は、徳川家康の直臣「土井利勝」の「利」を授与された名である。
史実では、伊達政宗との戦いに人生の大半を費やした父「義胤」とともに、現在の福島県相馬を発展させた。
しかし、関ヶ原の戦い時には、中立を貫いたことで一時は、所領没収の危機に陥るが、利胤の決死の覚悟「江戸奉仕」の結果、所領安堵を得るなど、なかなかな戦国武将であった。
小説「薩摩の風に送られて」では、「南部利直」とともに伊達政宗を支える若き将として描かれている。

次章「第8章・18・不屈の精神」を読む


1件のコメント

第五章・17・勝機 | 『南部利直』見参、南部軍が上杉軍を攪乱 · 2022年2月20日 10:56 PM

[…] 出版されている小説にて、かなり登場回数の少ない『南部利直』。前田利家を烏帽子親とし南部家二十六代当主として、初代森岡藩主として歴史に登場する『南部利直』。利直の「利」の字は、大納言「前田利家」から授与された名である。史実では、父「信直」とともに、伊達政宗との戦いに悩まされ続けた武将の一人であった。しかし、関ヶ原の戦い時にいける、伊達政宗が和賀忠親を煽動して起きた「和賀一揆」を鎮圧し、盛岡城を中心とした盛岡城下町の形成などに見られるように優秀な戦国武将であったと推察される。本著では、有能であった「南部利直」を描きたく、小説「薩摩の風に送られて」では、相馬利胤と共に、政宗を支える南部利直の登場となった。本小説では、利直の活躍シーンは、多々あるが、お勧めシーンは、やはり「第8章・⑰利胤と利直の義侠」である。 […]

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