ここ薩摩島津の居城「鹿児島城」には、島津義弘と忠恒が何やら話し込んでいる。
「父上、これで真によかったのでしょうか?」
義弘が応える。
「うむ、これでよいのではないか?」
「この世の中、何が正解か分からぬが、己の信ずる道を行くしかない」
「貿易にしても、国を閉鎖したら異国から取り残され、受け入れたら、その諸国に利用されるかも知れん」
「確かに言える事は、日の本同士が争っている時ではなかったということじゃのう」
「わしは、島津の大将であり、島津とその家臣、家族、そして九州を考えて動いたに過ぎん」
忠恒が頷く。
「このまま平和が続きまするか?」
「それはどうか分からんが、暫くはこの体制は続くであろう」
<束の間の・・>
「しかし、又何時、均衡が崩れる時は必ず来る」
「その時は、その時の者達が、何とかするしかないのではないか?」
「完全な平和というものはないと言ってよいだろう」
「しかし、それを少しでもよくしていく。これからは、それがわし等大名の仕事という事よ」
二人の親子の会話は一晩中続いた。
義弘は、さらに数年後に大往生する。
齢八十八歳、戦国の世に生き、やむをえず戦い続けた一生であった。
大名として生まれ、それなりの栄華にも浸りたかったであろう。
しかし荒れる乱世、それは叶わなかった。
時代は、義弘を必要としていたのであろう。
死ぬ間際に、義弘が重臣達を前に呟いたという。
「我が人生に悔いは無し」

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鹿児島城(鶴丸城)


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