①二股膏薬たる所以、満面の笑みを浮かべる「伊達政宗」。

「殿、如何致しまする?」
影綱が政宗に問う。
「うむ、構想としてはよい。じゃが島津の考えに伊達が乗るのが気に食わぬな」
「それに三分の計と申しておったが、それではわしがこの国全体を支配出来ないではないか?」
「致し方ないではござらぬか。それにどちらにしても、われ等だけでは家康には勝てぬでしょうな・・」
「それと島津は強い、しかも義弘殿は信用できる」
政宗が皮肉る。
「影綱、やけに島津を褒めるではないか」
「殿も内心は、既に考えが決まっているのでござりませぬか」
「わしか、まあよいか。取り敢えずは島津と組み、その後のことは又考えるとするか」
政宗は、打倒家康を最優先と考えた。
「影綱、新納殿に伝えて参れ」

②戦国末期最大の同盟「島津・伊達同盟」が成立。

これで、島津、伊達の共同戦線が決まった。
それから数ヵ月後、家康より会津の上杉征伐の命を受け、政宗は一万の兵を率い会津信夫口へ進軍した。

 


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