①伊達家臣二十四将の策略

「これより軍議を始める」
緊迫した空気の中、影綱の声が場内に響き渡る。
「各々方も既に存じておると思うが、太閤殿下が死去された」
「日の本は、東の徳川、西の豊臣と分かれ再び戦乱の世となると想われる」
「いうまでもなく、この機を見逃すという手はない」
「伊達家としては、予てよりの計画を実行に移すが今一度その確認を行う」
この軍議では、重臣しか参列していない。
影綱、成実以下、留守政影、屋代影頼、鬼庭綱元、白石宗実等であり『伊達家臣二十四将』を中心とした真の重臣会議である。
当然、基本戦略における概要は既に聞かされていた。
東西対決を利用する中、一応のところ徳川方につき奥州全土、あわよくば北陸を制圧することで第三勢力を結成。
そして、その勢力をもって東西決戦の勝者と雌雄を決する。
これはあくまでも大局のみであり、現状と見合わせた上でさらに詳細を検討していくのである。
とりあえずは、南部領進攻より検討が始まった。
南部領とは、現在の岩手県で陸奥盛岡十万石の領主「南部信直」が治めている。
南部領は広い。
三日月が丸くなるまで南部領”と謳われる程広大である。
屋代影頼が現状を報告する。
伊達には黒脛巾という専属忍び集団が存在する。
その統括をしているのが影頼である。
「以前より潜伏させてある忍びの報告によれば、間もなく一揆が勃発するのは間違いないとの事。それもここ数日で」
この一揆とは、政宗が現在南部領である元豪族の和賀氏の長「和賀忠親」を嗾けたものである。
武器の支援、成功の暁には旧領の和賀郡を与えるという条件であった。
筋書きはこうである。
まず、南部領の和賀郡に一揆が起こり、伊達領にも影響がおよぼすので援護したいと南部側に提案。
政宗嫌いの南部信直は、当然拒否する。
しかし、伊達が軍勢を差し向け南部軍に接近し挑発する。
南部側としては、事を構える気はないが、なにかしら拒否する行動をとる。
そこで、無理やり小競り合いに持ち込み戦の口実を作る。
という具合であった。
政宗らしい、強引な作戦である。
「よし、忠親に伝えよ。太閤殿下が亡くなった。すぐにでも一揆を扇動しろとな」

伊達家臣二十四将の一人「片倉景綱」の白石城下

②他言無用!政宗の謀略発動

政宗は、次々に指令を出す。
「一揆が勃発次第、成実は南部領に攻め込め。出来れば滅ぼすことなく降伏させたい」
政宗は、南部家を滅ぼすつもりはない。
配下に取り込めればよいと考えている。
「影綱は、叔父上の説得を行え。あの狸は生かさず殺さずじゃ」
叔父上とは出羽の曉雄、最上義光である。
「わしは、とりあえず家康の動きに合わせる」
「くれぐれも、今作戦は他言無用ぞ!」
この計画は絶対露呈してはならなかった。
他言無用という意味は、“絶対にだれにも言ってはいけない”という意味である。
だれにもという事は、親にも、子供にもという意味である。
余談ではあるが、絶対という意味を把握している人は少ない。
頼む側は絶対と言っているのであるから、“親ならいいだろう”とか、“この人は口が堅いからいいだろう”という風に自分で判断してはいけないのである。
なぜならば、“絶対”だからである。
伊達重臣たちには、この“絶対”という意味の重要さを心得ている。
戦国の世では、そういう些細な事が命に関わる事を十分に承知していたのだ。

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