脚本=徳川家康・本多正信にて『小山評定』始まる。

三成挙兵の報が入った翌日、関東小山で評定が開かれた。
諸大名達は、この『小山評定』で徳川家康に従うか、否かの決断をしなければならない。
お家の存亡がかかるこの決断で、眠れずにみな目を真っ赤にしている。
「これより評定を始める」
本多正信の恫喝的とも取れる一声にて運命の評定が始まった。
「上方にて石田三成が挙兵した。我らの会津征伐に不満を持っておるとの事」
「しかし、これは秀頼様の了承をも得ておる。それに不満で挙兵するなど言語同断。三成の挙兵こそ謀反である」
俯き加減の諸将達に、正信が緩急自在に問いかける。
「三成は、大坂にいる各々方の妻子を人質にしたそうであるが・・」
諸大名達は困惑している。
「三成方として我らと戦うもよし、ここに残り、逆賊三成を討つもよし」
「去るものは邪魔立てせぬゆえ、約束致す。行かれるがよい」
諸将は俯きながらも、右、左と目を向ける。
家康も静かに目を閉じたままであり、暫くの沈黙が流れた。
緊迫する空気を察したのか、蝉ですら鳴き声を止めた瞬間。

出演=福島正則、見事に脚本を演じる。

その沈黙を破るように、福島正則が叫んだ。
「何を言っておられるか。三成は豊臣の君側の奸。わしは徳川殿と共に逆賊三成を討つ」
瞬間、徳川家康は目を開けた。
<やっと言うたか>
その言葉を待っていた家康は、透かさず正則に答える。
「おお! 福島殿かたじけない。この恩はこの家康絶対忘れ申さん」
家康が迫真の演技で涙する。
そうなると、我も我もと雪崩式となり流れが一挙に傾いた。
おろおろしていた状況が、正則の一言で決まったのである。
もし、この小山評定の場に加藤清正や島津義弘がいたならば、こうはいかなかったであろう。
それも予想し家康は、会津征伐に両者を呼ばなかったのである。

福島正則の一言で徳川家康率いる東軍が西へ反転する、次回は、「第三章・4・西上」を掲載します。


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