評定の場で「釣り野伏せ」を仕掛ける島津義弘

徳川家康は、己以外の諸将が、何やら企んでいる事に気が付き始めた。
そこで、島津義弘が静かに呟く。
釣り野伏せ
家康は、視線を義弘に向けた。
<はあん、つりのぶ・・>
家康が、はっと気が付いた。
<しまった>
義弘をはじめ、他の諸将達は、敢えて家康の調子を乗らせ、ボロを出させるのが狙いであった。
つまり、言葉での「釣り野伏せ」を仕掛けたのである。
そこに、前田利長が冷たく言い放つ。
「家康殿は、証拠もなく噂のみでこの前田を謀反扱いしたが、家康殿も、噂のみで謀反扱いにしてもよいという事ですな」
家康の表情に、先程までの余裕がなくなっていた。
普段は、言葉少ない上杉景勝が口を開く。
「前田殿、秀頼様の許可があれば、会津・・ではなかった、江戸征伐を行ってもよいのではあるまいか」
景勝が、利長に微笑みかけた。
「それに藤堂高虎殿が、前田家謀反の噂を本多正信より指図されたと言っておりまするが」
家康の顔が、真っ青になった。
<高虎め。しかしなんでじゃ>

諦め家康、金沢評定が遂に決着か

中国安芸の決戦にて毛利家は、徳川を裏切った。
度重なる裏切りに、毛利家の毛利秀包が心を痛めていた。
そこで、その秀包の心中を察した義弘が、毛利の威厳を取り戻すため毛利秀包を四国の藤堂高虎征伐に向かわせたのである。
高虎は生け捕られ、事の真意を吐かされた。
義弘がたたみ掛ける。
「本多正信を処罰するが、よろしいな。徳川殿」
家康は、正信を切り捨てた。
「好きにされるがよい」
正信は危険である。
義弘は今後、本多正信だけはそのままにしておくつもりはなかった。
金沢城にて行われた金沢評定も終盤、今後の日の本について進んでいった。


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