①春日山城攻めに苦戦する上杉軍。

ここ越後では、越後奪回に燃える上杉家と、春日山城に篭城する堀勢が争っており、上杉勢が攻めしつつあるところで加賀の
前田が家康の命により堀軍の援軍に駆け付けていた。
そこで、堀勢が何とか盛り返した。
上杉景勝が直江兼続に話し掛ける。
「我らは、とんでもない城におったんじゃのお」
上杉景勝は、元は上杉の居城であった春日山城に、感服していた。
春日山城は日本三大山城の一つである。ちなみにもう二つは、山陰の月山富田城、能登の七尾城である。
能登の七尾城は、あの軍神、上杉謙信が力攻めで落せなかった名城である。
余談はさておき、前田利長のもとに豊臣家より書状が届いた。

②前田利長が上杉軍に加担。

書状の中身は、母芳春院を徳川より奪還した、堀の援護を中止し加賀に兵を引くように、と言う内容である。
利長は半信半疑である。
しかし、そこに真田の忍が芳春院の書状を届けるため現れた。
間違いなく母芳春院の筆質である。
いくら落ちぶれても豊臣家は亡き父利家が、命を掛けて守ろうとした天下の主である。
利長は加賀に帰らず、堀を攻める事にした。
「母が戻った。これで我が前田に重石がなくなった。これより上杉に加勢し堀秀治を討つ」
利長は確かに人より秀でたところがない。
しかし、義の人間で、正義感は人一倍強いところがあった。
そして、上杉と共に春日山城を攻め落としてしまった。
前田家の鬱憤がたまっていただけに、城攻めはすざましいものがあった。
これにて上杉の越後旧領回復の悲願が達成される。


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