①弟、島津家久の恨み。

黒田如水は、もはや島津の勢いはどうする事も出来ずと判断し、降伏する事にした。
翌朝、忠恒の元に如水の降伏の使者が訪れた。
「我が主は、無駄な抵抗することなく、降伏するとの事であります」
そして書状を手渡した。
忠恒はその書状を受け取ると、破ってしまった。
「もどられて、如水殿に伝えよ。大人しく腹を斬れと」
「御願い致しまする。腹ならばそれがしが今ここで!」
「くどい!! 我が叔父の義久は皆殺しといっておるところ、わしは如水の首一つで助けてやると言っておるのじゃ」
使者は、涙して退室した。

②戦国の名軍師、黒田官兵衛(孝高)の最後。

黒田如水、この男は信長、秀吉時代にもあわよくば自分が天下をと考えていた男である。
危険ではあったが、秀でた智謀から秀吉が最も頼る人物でもあった。
そんな如水であったが、ある一言で秀吉に警戒心を抱かせてしまう。
それは、信長が本能寺の変でこの世を去った矢先、秀吉に囁いた一言である。
“御運が開かれる機会が参りましたな”
秀吉は、誰にも己の野心を話した事がない。
只管、忠実に信長に仕えているよう振舞っていた。
秀吉は、人の心を簡単に読んでしまう如水に警戒心を抱いた。
<わしの野望を見抜いている>
如水は、秀吉の警戒心に気付き、余計な一言を後悔した。
即ち、[明哲保身]が出来なかったということである。
しかし、その後の対処は流石であった。
透かさず子の長政に家督を譲り、己自身の野望も封印。
あれから十年。
此度の動乱に紛れ再び夢を追い求めたが、夢として終わった。
老華散る、如水は城兵の安否を条件に切腹した。
“おもひをく 言の葉なくて つゐに行く 道はまよはじ なるにまかせて”
秀吉を天下人にした名参謀、黒田如水はここで生涯を閉じる。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です